さよなら彼女

 俺の最後の彼女は、この世の中で一番大切な女の子でした。そんな彼女と彼氏彼女という関係を今日、終わらせるのだ。

 初めて彼女を見かけたときに俺は初めてひとめぼれをした。ひとめぼれなんて存在するのかと思っていた俺が初めてひとめぼれをしたのだ。桜が風によって舞い散る中、髪をなびかせて笑う彼女は綺麗だった。それから俺は彼女に話しかけるようになった。

 彼女に話しかける俺は、彼女にしたら同級生の中の一人だったと思う。彼女は人気者でクラスの中心にいるわけではないが中心にいる人物から好かれていたため知っている人は知っているほどの認知度だ。そんな彼女は今日も本を読む。
「なーに読んでいるの?」
「萩原くん」
彼女は顔をあげてこちらを見る。小さい頃から伸ばしているという髪は後ろに一つにまとめられていて彼女は花が咲いているような笑顔でこちらに笑いかけてくる。そんな様子も可愛く見えてしまう俺は重症なんだと思う。
「最近映像化した作品だよ」
「なんて作品?」
「これこれ」
本に栞を挟んで表紙を見せてくれた、その表紙には最近映画化された作品の題名が書いてあった。確か恋愛ものだった気がすると思いながら彼女に視線を移すと彼女は嬉々としながらこちらを見ていた。
「映画化された?」
「そうそう! 見に行きたいなと思っていたんだ」
いつものように笑ってこちらを見る彼女に俺も笑う。
「俺も興味あるんだ」
「萩原くんも?」
「よかったら一緒に見に行かない?」
心臓がいつもより早く動いているのを感じながら俺は彼女を見ると彼女はきょとんとした顔でこちらを見て、また笑う。
「いいよ、都合いい日はいつ?」
「いいの?」
「いいよ」
自分から誘っておいてこの返事は何だと思うが彼女はいつものように笑ってスケジュール帳を取り出した。その手帳はシンプルなもので機能性を重視しているのがよくわかった。
「いつがいいかな、私は今週の土日空いているけど」
「今週の日曜日、なんてどうかな」
「いいよ」
手帳に俺との予定を書き込んで、こちらを見る。彼女と、実質デートが出来るのだろうか。
「待ち合わせ場所とか時間はどうする? あ、携帯持っていたら連絡先交換してもいい?」
「もちろん」
「よかった」
そう言ってふわりと笑って携帯を取り出した。俺もポケットに入れていた携帯を取り出して彼女と連絡先を交換した。携帯をポケットにしまうと彼女はふふふっと笑った。
「モテている萩原くんの連絡先を知ってしまった」
「何それ」
「萩原くんはモテてるからね」
にひひと笑って彼女は携帯を鞄にしまう。たしかに他の男子より顔立ちは整っていると思う。まぁ告白される回数も少ないわけではない。そんなことを思いながら、また彼女もモテているのだろうな。そう思っているとチャイムが鳴った。
「じゃあ次の日曜日ね」
そう言うと彼女は手を振ってくれた。

 日曜日、いつもよりお洒落にと思って出来る限り気合を入れていくと彼女は待ち合わせ場所に立っていた。私服も可愛いなぁと思いながら彼女のもとに行くと彼女はこちらに気付いたようで笑ってこちらに手を振ってくれた。
「萩原くん」
「お待たせ、待った?」
「時間より早く来ただけだし気にしないで」
こちらも待ち合わせの時間より早めに来たはずなのだが彼女は気にせずに携帯で時間を確認していた。
「チケット買っておこうか」
「そうだね」
「じゃあ行こう」
そう言って彼女は映画館があるところに行こうとする。彼女の手を掴むと彼女はこちらを振り向いて首を傾げた。
「萩原くんどうかした?」
「私服も可愛いなって言いたくて」
「……ありがとう、今日は頑張ってみたから嬉しい」
照れながらそう言った彼女は可愛かった。照れて先に行こうとする彼女に俺はついて行くので必死だった。

 映画はテレビで見た通り恋愛もので今を時めく俳優がとてもいい演技をしていた。劇場内が明るくなって隣の席にいた彼女を見ると感動しているのか放心していた。彼女の苗字を呼ぶと彼女は我に返ったのかこちらを見る。
「大丈夫?」
「感動して放心しちゃった」
そう困ったように言って俺はつい笑ってしまった。彼女は恥ずかしそうにして席から立ってこちらを見る。
「これからどうする?」
「とりあえずご飯食べようか」
そう提案すると彼女は笑って頷いた。

 カフェに入って彼女はランチメニューを見ていた。
「萩原くんは決まった?」
「うん」
「ごめんね、優柔不断で。もうちょっと待って」
メニュー表を睨むように見る彼女、何と悩んでいるのだろうか。
「何と悩んでいるの?」
「パスタのカルボナーラか本日のランチのグラタン」
「俺本日のランチにする予定だから少しあげようか?」
「いいの?」
顔をあげてこちらを見てきた。少しの期待をふくませている視線に俺はつい笑ってしまう。
「いいよ」
「じゃあ私カルボナーラにする、萩原くんにも少しあげるね」
店員さんを彼女が呼んで注文をする。注文と同じく取り分け皿も二枚頼んで店員さんは注文を受けて厨房に行くのを見て彼女はふふふっと笑った。
「萩原くんが女子にモテているのがよくわかる」
「なにそれ」
「あんなことをされたら誰もが惚れてしまうよ」
彼女は頬を少し赤らめて笑う。俺としては、好きな子にしかしていないのに。そんなことを思いながら彼女は先程見た映画の感想を話しだして、それを俺は聞いていた。少し原作と違うシーンがあったらしいのだが彼女はそこがまたよかったと嬉しそうに話すのでつい俺も微笑んでしまう。そして頼んだ品が届いて彼女は笑って俺にあげるためにパスタを取り分け皿に移して俺に手渡す。
「どうぞ」
「ありがと」
皿を受け取って、俺も空いている皿にグラタンを移して渡すと彼女は笑って受け取った。
「熱い方が美味しいってよく言うけど、私猫舌だからよくわからなくて」
「そうなんだ」
パスタをフォークで一口サイズにして口に含む、彼女は嬉しそうに笑ってもぐもぐと食べる姿につい笑ってしまう。彼女はきょとんとした顔をして首を傾げる。
「面白かった?」
「いや、本当に美味しそうに食べるね」
「美味しいからね」
そう言って彼女は運ばれたグラスに入った水を飲んで利き手で持っていたフォークを紙ナプキンの上に置いてスプーンを手に取りスプーンでグラタンを一口すくって息を吹きかけて食べる。
「美味しいね、萩原くん食べないの?」
「食べるよ」
スプーンを取って一口サイズにすくって食べると彼女が言った通り美味しかった。彼女が言った通りでつい嬉しくなる。
「本当だ、美味しいね」
彼女は嬉しそうに笑うので俺も嬉しくなってしまった。

 そのあと彼女と駅の中にある雑貨店や本屋さんを回ったりして彼女と話しながら休むために珈琲チェーン店に入って彼女が頼んだアイスティーと俺が頼んだアイスコーヒーを手に持って彼女が座っているところへ行く。テーブルにアイスティーを置くと彼女は笑った。
「ありがと」
「どういたしまして」
ストローを差し込んでアイスコーヒーを飲むと彼女はガムシロップを入れずにストローを同じように差し込んで飲む。甘党だと思っていたら案外違うらしい。
「どうかした?」
「ガムシロップ入れないんだと思って」
「女子は皆甘いもの好きじゃないんです」
そう言って悪戯が成功したような子どもみたいな顔で笑ってアイスティーをストローで飲む。
「萩原くんは甘いもの好きなの?」
「いや、苦手な方」
「同じだ」
「甘いもの苦手なの?」
意外そうな顔で見ると彼女は眉間にしわを寄せてストローを口に銜えていた。
「甘いものは好き好んで食べないかな、胃もたれ起こさない?」
「起こすよね」
「萩原くんはスイーツ男子だと思っていた」
「確かにそう思われているね、実際は松田の方が甘いもの好きだよ」
「松田くんは甘いもの好きなんだ」
「意外じゃない?」
「意外だ」
そう言って彼女は白魚のような指がアイスティーの入ったプラスチック製のカップから離して自分の手に絡めた。爪にはほのかにピンク色のマニキュアが塗られていた。
「マニキュア、塗っているんだ」
「うん、休みの日だけ。まわりはみんな校則破ってばれないように塗っているけどね」
困ったように笑って彼女は自分の手を見た。シンプルにピンク一色しか塗られていない爪はきれいな形をしていて俺の手や爪とは異なっている。当たり前なのに男女の差を感じてしまう。彼女はこちらに視線を向けた。
「今日は誘ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「萩原くんは他の子にもこうやって誘うの?」
「どう思う?」
「そうだったらいやだなぁって思った」
その言葉に俺は思わず彼女を見てしまった。彼女はにへへと笑ってこちらを見ていた。
「どういう、意味?」
「そういう意味」
「待って、待って」
考えたことがない言葉が出てきて顔が熱くなる。
「萩原くん押しには弱いの? いつもは自分から押していたして」
「冷静に分析するのやめて……」
「だって、そうしなきゃ意識しちゃうし」
「……ねえ、どういうこと」
彼女はこちらをちらりと見てアイスティーを飲む。
「私は軽率に男子と二人で出かけるなんてことはしません」
「……俺だからよかったの?」
「そうだね」
「つまり」
彼女はあどけなさ満開で笑う。
「私から言っていいの?」
「待って、俺から言わせて」
息を吸って吐いて、深呼吸をして彼女を見る。
「好きです、付き合ってください」
「うん、いいよ」
こうして俺たちは付き合うことになった。

「萩原くん」
「研二」
「萩原くんでいいじゃないですかね」
 彼女は眉間にしわを寄せて不機嫌にそう言う。いや、だって。
「付き合っているんだから名前呼びしようよ」
「いや、いきなりは無理」
「なんで」
「恥ずかしい」
眉間にしわを寄せながら言う言葉ではないだろう。それは照れながら言う言葉だろう。そう思いながら彼女を見ていると髪の毛を耳にかけた。その耳は赤くて照れ隠しだということがわかる。可愛いけれども俺としては彼女に名前呼びしてほしい。
「お願い」
「嫌です」
「一生のお願い」
「それを何回言っているのか萩原くんは数えたことはありますか」
正論を言われてぐさりと心に彼女の鋭利な言葉が突き刺さった。確かに何回も使ったことがあり彼女に二回か三回くらい使って許してもらったことがある。彼女はそっぽを向いて持っていた本を開いてこの会話は終わりだと言い放つような態度だ。
「俺も名前で呼ぶから」
「萩原くんはしつこい」
「研二くんでいいから」
「……これからしていくから今は駄目」
そう言った彼女に俺はため息を吐いた。これから、これから。
「これからも付き合ってくれるってこと?」
「そうだけど、萩原くんは別れたいの?」
きょとんとした顔で怖いことを聞いてくる彼女に俺は首を横に振る。そうか、そうか。
「じゃあこれからに期待する」
そう言って彼女から離れていく。これからがある、それが嬉しくてつい顔を緩ませてしまい松田に気持ち悪がられた。

 警察学校に入って別々の進路になった彼女とはまめに連絡を取り合っていた。すると横にいた降谷が携帯を覗き込んだ。
「萩は熱心に携帯を触っているが誰と連絡しているんだ?」
「彼女だけど」
「萩に彼女がいたのか?」
「そう、今は社会人だよ」
「そうか……」
降谷は驚いた顔でこちらを見ていた。どうかしたのか、そう思っていると降谷の横にいた諸伏が口を開いた。
「萩原に彼女いるなんて、同期の女子が知ったら卒倒しそうだな」
「しかもこいつら高校一年のときから付き合っていて未だに仲が良いぞ」
降谷の反対側にいた松田が口をはさんできて伊達がぼそっと「仲が良いな」とつぶやいていた。そうだろう、俺たちは仲が良いのだ。
「意外だな、軟派そうに見えるのに」
「こう見えて一途なんです」
「彼女見てみたい」
「写真ならあるよ」
携帯に保存してある彼女の写真を見せると降谷と諸伏と伊達から驚きの声が聞こえた。
「可愛いな、ハギは綺麗なお姉さんが好きかと思っていた」
「そこ、失礼じゃない?」
「確かにな、萩原の好みはこんな子なのか」
「意外過ぎて、ちょっと」
「諸伏は失礼すぎない?」
松田はけらけらと笑っていて携帯の画面を閉じようとすると彼女から連絡が入った。どうやら今度映画を観に行くから一緒に行かないかというデートのお誘いだった。
「萩原、デートか」
「俺らも行こうかな」
「絶対に来るなよ」

「研二くん」
 久々に会った彼女は化粧がほんのりとしてあってくすんだピンクの膝丈スカートを風ではためかせていた。手を繋いで早速映画館に行こうとしたら、彼女は違う方向を見ていた。どこを見ているのかと思ったら、まさかのあの四人だった。
「松田くんだ」
「あいつら……」
「研二くんの知り合い?」
「同期だよ」
同期、そう口にして彼女は目をぱちくりした。
「仲いいんだね」
そう言って笑う彼女は彼らの方へ行こうとする。それを止めると彼女はきょとんとしてこちらを見る。
「いやいや、どこに行くの」
「研二くんがお世話になっておりますと研二くんの同期に挨拶に行こうと思いまして」
「今日は、デートなんだからいいの」
彼女は首を傾げた。可愛いからそんなことしないで。
「でもついてくると思うよ」
「気にしないで、ほら行こう」
「はーい」
手を繋いで花がほころぶように笑う彼女に俺も笑った。

 彼女がお手洗いに行ってその間にあの目立つ四人組、俺の同期たちは近付いてきた。
「本当に仲いいな」
「いいだろってなんでついてきているんだよ」
「たまたま同じ映画を観たくてな」
「男四人で恋愛映画観に行くのかよ」
ため息をついて髪をかき上げて彼らを見る。
「彼女、お前らに気付いていたぞ」
「ゼロは目立つからな」
「へぇ、ゼロくんっていうんですか?」
後ろから彼女の声が聞こえた。油を注されていない機械人形のような音が出そうな感じに後ろを見ると彼女が鞄からハンカチを出して手を拭きながら笑っていた。
「松田くん久しぶり」
「久しぶりだな、相変わらず映画好きなのか」
「今回の映画は原作小説が好きで研二くんを誘ってみただけ」
「待って、待って、松田と仲良かったの?」
「うん、時折話す程度」
それがどうかしたのかと言わんばかりに彼女は笑う。いや、可愛いけど、可愛いけど。
「俺聞いていないんだけど」
「初めまして、萩原研二くんがいつもお世話になっています」
「萩原をお世話している諸伏です」
「伊達だ」
「降谷だ、ちなみにゼロはあだ名だ」
「萩原のお世話を任されている松田だ」
「いやいやいや、俺がお世話されている前提で話すのやめて」
「違うの?」
「違います! お前らも肯定するな!」
けらけらと笑う彼女に聞きたいことはあるのに脱力感があるので聞こうにも聞けない。俺の代弁をするように諸伏が口を開く。
「で、彼女さんと松田は話す仲なのか?」
「うん、研二くん抜きで」
「いや、なんで!?」
「いつも松田くんと話すときに研二くんいないから」
「なんでだろうな」
彼女は不思議そうに話していて松田は何処か意味深のように言うので多分松田は俺がいないときに話しかけているのだとわかった。
「そろそろ行こう」
「話さなくていいの?」
「いつも一緒だから」
ふーんと言って彼女は腕を組んで笑った。
「研二くんを独り占めしたいのでついてくるのは止めてくださいね」
そう笑って俺を引っ張っていく彼女。俺の彼女可愛い、そう思って表情が緩んでしまう。
「研二くんイケメンだから許されている顔しているよ」
その言葉はどういう意味ですか。そのあと同期に死ぬほど揶揄われた。

 十一月七日、死にかけた。

 目を覚ますと彼女がいて、目を赤くして泣いていた。どうやら俺は生きていたらしい。爆弾を処理している最中に突然爆発して防護服を着ていた俺は死を覚悟した。しかし運がよかったのか一週間後に目を覚ましたらしい、全部松田が話してくれた。彼女はずっと泣いたままで話すに話せない状況だった。いつものように防護服を着ないでいたら死ぬかもしれなかった、松田が彼女に俺が防護服を着ないことを話したらしく彼女に怒られた次の日だったから、一応念のために防護服を着たらこういう結末になった。彼女は俺の手を握ってずっと震えていた。ああ、生きているんだ。そう思った。

 松田が帰って彼女と俺だけになった。彼女は目を赤くしたまま口を開かない。怒っているのがよくわかる。
「研二くん」
彼女が口を開いた。何を言われるのか、わからなくて俺は背筋を伸ばす。
「研二くんは大馬鹿者です」
「……はい」
「私が言い聞かせなかったら死んでいた可能性は大きいのです」
「……うん、ごめん」
「研二くんの、馬鹿」
「うん、元気になったら殴ってもいいから」
「殴らない」
なんで、そう思うと彼女はじっとこちらを見る。
「だから、元気になったら確認させて。抱きしめて、ほしい」
彼女は俺が生きていることを確認したいようで手を強く握ってきた。俺は困ったように笑うと、彼女は視線を逸らす。
「いやなら、いい」
「いや、違うよ。俺の彼女は可愛いなって思っただけ」
「ばか」
彼女はそう言って手で涙を拭って笑った。

 あの日から七年、犯人を捕まえることが出来た。俺は隣で寝ている彼女を見て、彼女の彼氏を辞める決意をした。

 いつものように彼女を誘っていつものように映画を観ていつもとは違って車を走らせて、黄昏時に夕日が見える小さな丘の教会に彼女を連れてきた。彼女は俺の好きな色のスカートをはいてただ俺を見ていた。どうかしたのか、表情にそれが現れていた。俺は笑って彼女に跪いて手を取った。
「ずっと、これからずっと一緒にいる。幸せも幸せじゃなくてもずっと一緒にいる。だから、俺と、結婚してください」
彼女は目を見開いた。言葉を詰まらせて彼女は頬を赤くして視線を泳がせてこちらに向ける。
「研二くん、ずっと、そばにいてください」
声が震えて泣きそうになる彼女を俺は立ち上がって抱きしめる。幸せが腕の中にいる、そう思って強く離さないように抱きしめた。

 今日、彼女の彼氏を辞めた。そして、今日、彼女の旦那になった。世界で一番きれいと思ってしまうほどきれいな姿をした彼女は幸せそうに笑って、俺もまた笑った。

 彼女は俺の腕の中でこんなことを言った。
「幸せになれとか、幸せになってほしいとか無責任だと思うんだ」
「どうして?」
「じゃあお前が幸せにしろよ、とか思わない?」
「まぁ確かに」
「だから、研二くん。幸せになってね」
「……はい、幸せになります」
くすくすと笑う彼女に、俺は抱きしめた。
「世界一幸せにしてあげる」
「それはやだ」
「なんで」
「私が幸せって感じられる程度の幸せがいいな」
「なにそれ、もっと幸せになってほしいけど」
「私がそう思うから、それでいいの」
そう言って笑う彼女は俺の中で世界一幸せそうに笑っていた。