ガラスの靴がないサンドリヨン
魔法も使えなければかぼちゃの馬車だってガラスの靴だって持っていない、私はただの脇役で王子様とお姫様にはなれなかった。御伽噺はいつだって、ハッピーエンドなのに、私には目の前の光景はバッドエンドだった。
初恋の人が恋に落ちる瞬間を見てしまった、私はその光景を目に焼き付けられるように見せつけられたことを覚えている。それから初恋の人は変わっていった、隣にいる私から隣にいた私になって、そして初恋の人は運命の人に告白して承諾されて愛を育むことになっていった。それを私は仮面の笑みで祝福した。
「なーんてハッピーエンドを考えたやつは死ねばいい」
「お前、初恋が幼なじみなのかよ」
「初恋が親友の姉な松田に言われたくない」
悪友の松田陣平に初めて初恋の話をした、悪友は鳩が豆鉄砲を打たれたような驚いた顔をしていて私は舌打ちをした。
「酒なんて飲むものじゃないな」
そう呟いてまたアルコールを飲んだ。左党ではないが今日はお酒を飲まなくてはならないくらいのストレスがあったので悪友の松田を誘って居酒屋に来た。
「で、なんで初っ端から飛ばしてるんだよ」
「幼馴染が結婚するからです」
「まじかよ」
笑ってストレスの素となった出来事を話すと松田はまた驚いた眼で私を見た。
「嬉しそうに話す幼馴染が可愛いのだけれども私の中では心境複雑すぎて泣きたいから松田を呼んだ」
「なんだそれ」
からんと氷が溶けて氷同士がぶつかった音がした。他人の笑っている声が個室でも聞こえてくる、ああなんでこんなことになったんだろう。幼馴染が好きだったことが原因か。
「なーんですきになっちゃったんだろうね」
そう呟いてテーブルに顔を突っ伏した。冷たい、アルコールで火照った頭と思考回路が徐々に冷えていく。
「仕方ねーだろ、すきになったもんは」
「そうだよね、松田ならそう言うと思った」
顔をあげて松田を見る。松田は私をどこか可哀想な目で見ていた。
「結婚式で友人スピーチ頼まれてないだけましか」
「それは絶対に中座の手引きで呼ばれるやつだな」
「絶対にやだ、泣く自信しかない」
可哀想な目で見られていることも相まって涙が出てきそうだった。想像するだけで辛い、初恋相手の幼馴染が結婚をするのだ、それだけでつらいのにそれ以上に中座の手引きで呼び出されたら泣くしかない。
「……なぁ」
「なに」
「そんなにあいつが好きだったのかよ」
その言葉に私は鼻で笑ってやった。
「そう、誰よりも隣にいてくれたあの子だから好き」
「同性のあいつを?」
「同性で好きになってはいけない法律でもあるの、警察官の松田なら知ってる?」
「ないな」
「馬鹿な質問はやめて私を慰めろ」
そう言うと松田は目を細めて私を見た。
「俺がお前を好きだって言ったらどうするんだ」
その言葉に私はアルコールの熱が飛んだ。
「……は?」
整理したいのでとりあえず解散をしたが松田の言葉が頭の中でぐるぐると回る。先程の言葉はなんだったんだ、意味がわからない。慰めるには程遠い言葉だろう。なんであんなことを言った。そう思いながら一人頭を抱えていた。いや、なんでだ。悪友のはずだ、なのになんで。気がつけば松田のことで頭がいっぱいだった。
「松田のバーカ!」
「俺を誘っておいていきなりなんなの?」
松田の親友、萩原を呼び出してまたお酒を飲んでいた。性懲りもなくお酒に逃げていた、お酒を飲めるということは大人の特権である。そんなどうでもいいことを考えながらチビチビとお酒を飲んでいた。
「で、松田に告白されたの?」
「……さすが情報通ですね」
「いや、これは松田から聞いた」
そう言って萩原は笑った。私は萩原を睨みながら頼んだ唐揚げを一つ口にした。
「で、どうすんの?」
「……初恋相手の結婚と松田の告白で傷心中の私の傷口にこれ以上塩を塗るのはやめろ」
「あー、ごめんごめん」
誠意が見えないと思いながらまたお酒を飲む。幼馴染の結婚で傷心中だったのにいつの間にか松田の告白のことで頭がいっぱいだ。ふざけんな、もうちょっと余韻に浸らせろ。そんなことを思いながら萩原を見た。萩原は飄々としていてそれが余計に腹が立った。
「でも松田のことちゃんと考えてあげてるんだね」
「は? 私のことをどう思ってんの? 冷たい人だと思ってんのか?」
「いや、普通なら冗談でしょって受け流すでしょ」
そう言って萩原は笑った。
「ちゃんと考えてくれてるんだなぁって安心した」
そう言って萩原はご機嫌そうに笑ってハイボールを一口飲んだ。
意味がわからない、なんでこんなに松田に振り回さなければならないのか。私は完全に失恋したのにどうしてこんなことに。そんなことを思いながら一人アパートにいた。どうしてこんなことになった。そう思って二度寝した。
松田のことを忘れようと思って松田からの連絡を無視し続けた。その結果、職場から出るとそこに待ち構えていたのか松田が立っていた。
「よぉ、二ヶ月も無視しやがって」
「あはは……」
やばい、これはかなり怒っている。そう思って松田に謝ろうとしたら松田は私の鞄を持ってそのまま私を見る。
「行くぞ」
「どこに」
「いつもの店」
そう言われて私は目をぱちくりとした。
そのまま松田について行って着いた先は宣言通りいつもの居酒屋だった。いつも通り店員さんに案内されていつも通り個室に入って松田の前に座った。
「何飲む」
「……メロンソーダ」
「はいよ」
そう言って店員さんを呼び出していつものビールとメロンソーダを頼んで松田はメニュー表を見ていた。私はそんな松田を見ていつも通りだなと少し安心した。
「で、忘れられたのか?」
「何がですか」
「幼馴染への恋心」
その言葉で私は松田を殴ろうと思った、しかし少しの理性が私を引き留めた。いや、お前のせいで私は失恋の余韻に浸れなかったんだが。
「……まぁ、それなりに」
「ふーん」
松田はそう言ってメニュー表から顔をあげて私を見る。
「アレ、冗談だから」
その言葉に理性が切れて届いたメロンソーダを松田にぶっかけた。
「お前のせいで失恋の余韻に浸れなかったし頭はお前のことでいっぱいだしふざけてんじゃねーよ!」
啖呵を切って鞄を持って財布からお金を一枚テーブルに叩きつけてそのまま居酒屋を出た。腸が煮えくりかえってコンビニでアルコール度数の低いチューハイを数本買ってそのまま家に帰った。ふざけてんじゃねーよ。
「はいはいはい、今日も荒れてんね」
「は? 告白を冗談だからと言われた私の今までの松田に対して考えていた時間を返せ」
萩原に誘われていつもとは違う居酒屋で萩原と飲んでいた。なんでこうなった、冗談なら本当に時間を返せ。萩原は私を申し訳なさそうな目で見ていた。
「いや、それは本当に松田が悪い」
「冗談なら早く言えって話なんですが」
「いや、マジで松田が悪い」
萩原はまるで同じような言葉を繰り返すのでお前は所謂ストーリーのあるモンスターを倒すゲームの中の村の住民なのかと疑った。萩原は私に頭を下げた。
「本当に松田が悪いことをした」
「なんで萩原が謝るの」
「いや、あれは冗談じゃないから」
「……は?」
その言葉に持っていたスプーンをテーブルに落とした。
「いや、松田はきみのこと恋愛感情で好きなの知ってるけどこれは本当に松田が悪い」
「いや、え、萩原が言うことじゃないよね? もしかして酔ってる?」
萩原曰く、松田は私のことが好きなのは本当で冗談というのが冗談だったらしい。いや、どうなってんだよ。萩原がいなかったら悪友関係破滅してたぞ。お前のコミュニケーション能力どうなってんの。警察学校の試験の面接で落ちなかったことが奇跡なほどだよ。いや、連絡を無視し続けた私も私だけど松田も松田だぞ。まじでこの状況はなんなの。
「で、なんで私が呼ばれたんですか」
「いやぁ、松田がすごい落ち込んでるって聞いたから励まそうとしたら泥酔してきみの名前しか言わなくなって」
「萩原を呼べばいい話では?」
「萩原は今勤務中でね……」
困ったように言う男性、髭の生えた松田と萩原の同期という人は松田の携帯を使って私を呼び出した。携帯のロックを簡単に外されているのは恥ずかしくないのか松田。そんなことを思いながら泥酔した松田を見る。完全に潰れているな、そう思ってどうするか考えた。
「松田の家に送ろうか考えたけど彼女のきみに任せてもいい?」
「いや、彼女じゃないですけど」
「え?」
そのまま松田を引き取って私の借りているアパートまで帰る。松田の家の鍵を持っているわけではないので仕方なく私の家まで連れてきた。なんでここまで酔っ払ったのだろうか。松田をベッドに投げ出すつもりはないのでソファの上にころんと置いてどうしようか考えて松田の顔を見ていた。顔だけはいいのにな、そう思って立ち上がって洗面台に行って化粧を落として沸かしたお風呂に入った。どうせ放置しても死なないだろ、そう思って湯船に浸かっていた。お風呂から上がり下着をつけてパジャマに着替えて松田がいるリビングを通る。寝ている松田の前にあるテーブルに冷蔵庫にあったミネラルウォーターを置いておいてそのまま寝室でベッドの上で横になって寝た。
物音で目が覚めた、誰だと思ってすぐに覚醒して物音がしたところ、ソファのある部屋に向かうとそこにはフローリングに落ちた松田がいた。
「……何してんの」
「……俺も自分に聞きたい」
とりあえずパジャマから部屋着に着替えて松田を見に行くと松田はテーブルの上に用意しておいたミネラルウォーターを飲んでいた。私に気付いたのかこちらに振り向いた。
「なんだよ」
「泊めてやった人への態度か、さっさと帰れ」
「……悪かった」
そう言って松田は素直に謝った。珍しいこともあるんだなと思っていると松田は更に口を開いた。
「告白してお前はちゃんと考えてくれたのに俺が冗談めかしたこと、悪かった」
「……はい」
「冗談じゃなくて、俺はちゃんとお前のこと好きだ」
「……はい」
「だから今すぐとは言わねえがそういう目で見てることを意識してほしい」
その言葉に私は頷く。その行動に松田はほっとしたような顔をして笑った。ところでいつまでいるんだろうと思いながら松田を見ていた。
「で、悪友関係な男を家に連れ込むのはどうかと思うぞ」
「お前の同期に文句を言え」
「あー、あいつか……」
そう言って松田は頭を掻いた。私は息を吐いて台所に向かった。
「松田、なんか食べる?」
「作れるのか」
「喧嘩なら買うぞ」
軽口を叩きながら冷蔵庫を開けて、何を作るか考えた。
「松田って、顔だけいいよね」
「中身もいいだろ」
幼馴染の結婚式の帰り、松田が迎えに来てくれて私は松田が運転する車の助手席に座っていた。
「どうだったんだ」
「世界で一番誰よりも可愛かった」
「そうかよ」
「中座の手引きをサプライズでしてくれって言われて泣きかけた」
「そうかよ」
「なんで私が隣にいないんだろとは思った」
そう言うと松田は黙った。私もそれにつられて黙ってしまった。
「まぁ、お前には俺がいるだろ」
「彼氏になってから言え」
「幼馴染に彼氏なのかと問い詰められたくせに」
「マジで最後何なの、松田隠れてきてよ。勘違いされたじゃん……」
そう、最後の最後で幼馴染と新郎のお見送りのときに松田がちょうどよく登場して私を迎えに来た。幼馴染は目を輝かせて私の彼氏かと聞いてきて胸が痛かった。松田も変な答え方をするしなんなの。
「これから彼氏になる予定もないくせに」
「あるだろ、お前が振り向いてくれたら」
「事あるごとに口説くな」
「そうしなきゃ振り向かないだろ」
「それはそう」
そう言って車を運転する松田の横顔を見た、顔はいいのにな。
「なんだよ」
「本当に顔だけいいな」
「萩までとはいかないがイケメンだろ」
「マジで萩原の性格見習ってこい」
「萩より俺の顔の方が好きなくせに」
「……マジで性格悪い」
「図星かよ」
そう言って松田は嬉しそうにするものだから私は何とも言えない顔をした。そう、萩原の顔より松田の顔が好きだ。なぜバレた、そう思いながら視線を移して移り行く景色を見ていた。
「まぁそろそろ振り向いてくれてもいいぜ」
「冗談も顔だけにしろ」
そう吐き捨てると松田は笑った。私もそれにつられて笑った。
「まぁ、そろそろ振り向いてあげる」
「……言質取ったからな」
そう言ってお互いに笑い合い、私の家に着いた。
「今日はありがと」
「今度また飲みに行くぞ」
「いいよ」
「メロンソーダはかけんなよ」
「そっちが冗談言わないならかけないよ」
「じゃあな」
「松田」
「なんだよ」
「今度いい返事あげる」
そう言って笑って車の扉を開けて閉めて、自分の部屋の鍵の施錠を外して部屋に入り、扉を閉めようとすると足が入った。
「今くれよ」
「やだ」
「なんでだよ」
足の持ち主、松田は不貞腐れた顔で私を見る。
「今は失恋の余韻に浸りたい」
「意味わかんね」
「そりゃどうも」
そう言って松田の頬にキスを一つ落としてやった。松田は徐々に顔を赤くしていくものだから笑ってやった。
「今度はガラスの靴でももってこい」