夏から始まる恋の話
盆、親戚一同が集まって仏壇にお線香をあげてからバーベキューをするのが定番になっていた。私はそれが億劫で一人でこっそりと抜け出して近くの公園にあるブランコに座ってただ携帯を触っていた。友達はみんな彼氏と旅行とか同じ理由で里帰りで遠くに行っているらしく私も旅行すれば良かったと後悔しながら携帯の画面を指で動かす。ぼんやりしていると公園の前にある階段を誰かが上っていた。誰だろうと身構えながらいるとそれは、親戚の松田陣平さんだった。たしか警察官になったらしい。私の母がそんなこと言っていた。あまり関わりはない、あるとしても小さい頃だけで一番歳が近いのが彼であったため私の面倒を嫌々ながら見てくれていたことを覚えている。彼は私を見てそのまま近付いてきた。
「こんな時間に一人で出歩くなよ」
「まだ七時ですよ」
「夏だから明るいが、今の時間は夜だ」
そう言って横にあったベンチに座った。煙草を一本口に咥えてライターで火をつけた。
「大学生か」
「そうですね」
「大きくなったな」
その言葉に私は笑う。まるで年老いたおじさんのようだったから。前はちょうどだったブランコはいつのまにか小さくなっていた。
「どうしてここに?」
「あー、お前と同じ理由」
「面倒ですもんね」
親戚の仲がいいのはいいと思う。でも私にしたらそこは息がしにくくて面倒になって一人で抜け出した。親はもう何も言わなくなった。親戚の人は面倒だ。彼氏が出来たかとか下世話な話しかしてこないから。
「なぁ」
「なんですか」
「小さい頃、ここで遊んだの覚えてるか?」
「そうですね」
そう言ってブランコを小さく漕ぐ。
「あれから綺麗になったな」
「お世辞はいりませんよ」
困ったように笑うと松田さんは私を見る、私は視線を足元に落としてそのまま揺れていた。
「なぁ、彼氏いるのか?」
「おじさんみたいなこと言わないでくださいよ、いませんけど」
「なら、彼氏に立候補してもいいか?」
「は?」
何を言っているのだろうか、松田さんを見ると松田さんは私に近付いてきてブランコの鎖を掴んで私の顔を見下ろした。
「ま、まつださん?」
「お前も松田だろ」
「え、あ、いや、だって」
「なぁ、俺に捕まってくれよ」
その顔は警察官なんかよりももっとふさわしい職業があるような顔で、私の胸の鼓動は早く動いていた。
あれから松田さんとは接点がなかった、同じ東都に住んでるとはいえそう簡単に接点があってたまるか。そう思っていた、先程まで。
友達に飲み会に参加してと言われて付いていったらそこは合コンでした。来てそうそう嫌な顔をした私は横の男性の話をのらりくらりと聞き流しながらお酒を飲んでいた。ここの料理微妙だなと思いながらお手洗いに行くために席を立った。友達に携帯と財布を預けて居酒屋のお手洗いに行く途中に腕を掴まれた。
「何してんだお前」
「はっ、えっ、あっ、松田さん」
そこには盆に会った松田さんがいてどうしてここにいるのかわかっていない私はアルコールで鈍った思考回路を動かす。
「飲み会に誘われたと思ったら合コンでした」
「お前もかよ」
どうやら似たようなことをされたらしく松田さんはいいことを思いついたような顔をした。嫌な予感がするなぁとアルコールで鈍った頭を動かす。
「一緒に抜けるか?」
「嫌です」
「なんでだよ」
「美味しい料理あるところ知ってるなら行きます」
その言葉に松田さんはにやりと悪そうな顔をして笑ったので本当に警察官なのかこの人と思ってしまった。
私がお手洗いに行ってその後松田さんは荷物を持ってお手洗いの前にいた。私は荷物を持つために友達がいる個室に向かうと松田さんも一緒に顔を出して友達にキャーキャー言われていた。黙ってたらイケメンなんだけどもなぁと思いながら松田さんの後ろをひょこひょこと歩いた。
「松田さんってイケメンですよね、黙ってたら」
「一言余計だな」
そう言いながら私の荷物を持っていいお店につれてきてくれた。そこは綺麗な居酒屋で先程のお店より少々お高そうだった。個室に連れて行かれてまわりを見渡して座った。
「そんなにお金持ってきてないですよ」
「俺が連れてきたんだから俺が払う」
「ありがとうございます」
「躊躇しろよ」
その言葉を無視してメニュー表を見る。リーズナブルというかちょこっとお高めの値段で社会人がメインのお店なんだろうなと思いながらページをめくった。
「松田さんのおすすめは何なんですか?」
「これ」
指で刺されたのは唐揚げだった。それと私が食べたい料理とカシスオレンジを頼む。松田さんはついでにビールを頼んでいた。
「カシスオレンジって子どもかよ」
「まだ二十一歳ですからね」
「ふーん」
松田さんは私の顔を見る。どうかしたのだろうか、そう思いながらいると松田さんは笑った。
「で、おこちゃまな松田さんはなんで俺についてきた?」
「あそこの居酒屋の料理が微妙だったからです」
そう言い切ると松田さんは納得したかのような顔で頷いた。そして早々に来たビールを一口飲む。
「確かになぁ」
そう言って頼んだカシスオレンジを飲む。甘くておいしい、お酒を飲んでから一年経つがビールはまだ飲めない。誰が飲むんだあんなもの。そう思いながら松田さんを見る。
「松田さんって何歳ですか」
「二十五」
「へぇ、結構童顔ですよね」
「お前の口にビール注いでやろうか」
「やめてください、アルコールハラスメントですよ」
けらけらと笑って松田さんの顔を見る。顔だけはいいのになぁと思いながらお酒を飲む。
「さっきから人の顔ばっかり見てるが顔は好きなのか?」
「顔だけなら好きです」
「俺と付き合うのは」
「なしです」
そう言うと松田さんはふーんと私を見る。テーブルにはまだ料理は届いていない。まだかなぁと思っていると松田さんは私を見て笑っていた。
「意外にも子どもだな」
「松田さんに比べたら子どもですよ」
「大人っぽいのにな」
「遠まわしに老け顔っていうのやめてください」
「雰囲気がだよ、顔は童顔」
「私の心を傷つけたので慰謝料を要求します」
「お前酔ってるな」
時刻を見るとそろそろ終電の時刻なので松田さんにそのことを伝えて解散となった。お金は宣言通り松田さんが全額払ってくれた。お店を出て携帯で駅の場所を確認してそのまま行こうとすると松田さんに腕を掴まれた。
「どうかしました?」
「連絡先くらい教えろよ」
たしかに、奢ってもらったから連絡先くらい教えたほうがいいのだろうか。そう思って携帯を取り出して連絡先を交換した。松田さんは携帯をしまって駅のほうに向かう。
「ほら、送ってやる」
「一人で帰れます」
「こんな時間に一人で帰せるわけないだろ」
そう言って松田さんは私の手を掴んでそのまま駅に向かった。私はそのまま手を引っ張られて駅に向かった。
「お前って警戒心の塊かと思ったら違うんだな」
「顔だけで判断されると誰だって警戒しますよ」
「あー、あれは悪かった。でも本心だからな」
「彼氏候補のことですか」
「そうだな」
そう思えば私は下心ありきの男性と二人で飲んでいたわけか。そう思うと送られるのはどうなのかと思ってしまった。警察官だから、親戚だからと油断していたがそう思うと手を離そうとしたら強く握られた。
「送り狼にはならねえから心配するな」
「まじっすか、不能なんですか」
「送り狼になってやろうか」
松田さんとくだらない会話をして一人暮らしをしているアパートまで送ってもらった。それではと手を振って松田さんと別れた。
帰ってから携帯を見ると飲み会だと嘘をついた友達からあの人だれという連絡が来ていてそれを苦笑いをしながら返事を返していると松田さんから連絡がきた。適当なスタンプを送ってお風呂に入ったあと、部屋着に着替えてそのままベッドに横になった。松田さんは意外にもいい人かもしれない、そう思って携帯を充電器につなげて目を閉じた。
親戚の松田さんが美味しいご飯を奢るから一緒に食べないかと連絡が来てこれは奢ってもらわなければと思ったがあの松田さんだぞ、と一瞬戸惑った。が食費代が浮くということを考えると躊躇せずに行きますと返事をしてしまった。あれが間違いだった。
ひょこひょこと待ち合わせ場所に時間ぴったりに行くとそこには松田さんと見知らぬ男性が二人でいた。しかも逆ナンされている、顔はいいもんなって思いながら近付かずにどうしようか悩んでいると松田さんに見つかって携帯に電話をかけてきた。電話に出ると今すぐ近くに来いと低い声で言われて行きたくなさより怒られる怖さの方が強かったので渋々近付くと松田さんは私の手を取って逆ナンしてきた人達を見てこう言い放った。
「俺は彼女いるから、じゃあな」
目の前の人達はぽかんとしてそのまま私を睨んで去っていった。それを見ながらぼそりと呟く。
「私彼女じゃないんですけど」
「何れ彼女だろ」
「寝言は寝て言ってください」
ぶつくさと文句を言っていると見知らぬ人と目が合って笑われたので嫌そうな顔をするとその人は目を丸くして驚いてその後また笑った。
「君が松田の片想いの人?」
「不本意ながらそうらしいです」
「どういうことだよ」
「そのままの意味です」
すると笑い声が聞こえてきたので目の前にいる松田さんの横にいる見知らぬチャラそうな人は腹を抱えて笑っていた。笑いのツボがおかしいのか笑い上戸なのかわからないがどこが面白いのだろうか、そう思って松田さんを見ると松田さんは呆れた目でその人を見ていた。
「あははは、松田が好きになるタイプだ」
「松田さんってドエムなんですか」
「萩原、お前が変なことを言うからこいつ勘違いしただろ」
「私そういう人はちょっと……」
「だから違うって言ってるだろ! 萩原笑ってんじゃねーよ!」
「む、むり……笑いすぎて腹痛い……」
そろそろ視線が痛いと思いながらいると松田さんは溜息をこぼして私の腕を掴んだ。
「萩原、おいていくぞ」
「腕をつかむ時点で減点です」
「なんのだよ」
三人で来たお店は前とは違ったお店で半個室の居酒屋だった。松田さんの横に萩原さんが座って私はその前に座った。メニュー表を松田さんから渡されてアルコールのところを見るとカクテルの種類が他のところより豊富で松田さんを見ると松田さんは私を見て笑った。
「お前、ビールは飲めないって言ってたからここにした」
「気が利く男ですね、加点します」
「だから何の点数だよ」
「彼氏候補としての」
メニュー表を見てカンパリオレンジにしようと決めると驚いた顔をした松田さんとにやにやと笑う人がいて私は首を傾げた。
「なんですか」
「いや、彼氏候補のこと考えてたのかお前」
「まぁ、一応」
「で、松田は何点なの?」
「マイナス五十点」
「ひっく」
けらけらと笑う人を見て私は名前を聞いていなかったなと思いながらも目の前の水を口にした。
「ところで名前なんだっけ」
「松田です」
「君も松田なんだ、俺は萩原研二。気軽に研二くんって呼んで」
「萩原さんと呼びますね」
「聞いてた?」
「萩原さんは松田さんと仲がいいんですか?」
「ねぇ、スルー? まぁ松田とは幼馴染だけど」
「俺に興味があるのか?」
「ないので心配しないでください」
お二人の話を聞きながら注文された料理を一つ一つ食べる。美味しいなと思いながらアルコールを飲む。グラスが空になったのでメニュー表を見る。カクテルの種類が多いのでどれにするか悩んでいるとメニュー表に影が出来て上を見上げると松田さんがいた。
「なんですか」
「ロングアイランドアイスティーなんてどうだ」
「飲みやすいんですか」
「おう」
「別のにしますね」
「いや、なんでだよ」
「レディーキラーを勧めるあたり松田さん減点ですよ」
「知ってたのかよ」
「駄目ですね、今ではネットがありますので調べたら何でも出ますよ」
「じゃあお前のタイプは?」
「検索しても出ませんね」
そう言って笑う。松田さんはふてくされた顔をしているが横にいる萩原さんは私と松田さんの会話を聞きながらまたも笑っている。
「萩原さんは笑い上戸ですね」
「君たちの会話が面白すぎるだけだよ」
「萩原さんも黙っていれば顔はいいですね」
「彼氏候補になってもいいの?」
「ドン引きなので大幅減点で」
目の前にある料理を食べる。流石社会人、美味しいところを知っている。そう思いながら舌鼓を打っている。
「美味しそうに食べるんだな」
「美味しいですから」
そう言うと松田さんはふーんと言ってまたビールを煽った。よく飲むなぁと思いながら目の前のから揚げを口に含んだ。
「で、松田ちゃんのタイプは?」
「聞きます?」
「聞く」
「えー」
嫌そうな顔をすると松田さんは乗り気で嫌だなぁと思う。しかしご飯をおごってもらっているため仕方ないと思って口を開く。
「顔で判断しない人」
「松田無理じゃん」
「お前、わかっていて言っただろ」
お冷を口に含んで飲む。氷に冷やされた水の冷たさが心地いい。そろそろ酔いが回ると思ってソフトドリンクに移るかと思いながら松田さんを見る。
「顔は好みなのに性格は残念なんですよね」
「は?」
「あ」
やべっと思いながら顔を背ける。松田さんはご機嫌そうに私にしゃべりかける。
「顔は好きなんだな?」
「顔だけですから」
「顔だけの松田」
笑いを含んだ声でそう言う萩原さんに松田さんは萩原さんを殴った。痛そうにしている萩原さんを見て私は少し笑う。
「お二人仲がいいんですね」
「そりゃあ親友だからね」
「へぇ」
「聞いておいて途端に興味なくすよね君」
「ところでこの料理美味しいですね」
「話聞いてる?」
終電の時間だなぁと思っていると萩原さんは笑ってそろそろお開きにしよっかと言って解散という流れになった。松田さんが会計を済ませて、店を出て挨拶をそこそこに私はそのまま駅に向かおうとすると松田さんに手を掴まれた。
「じゃあこいつ送っていくわ」
「おう、送り狼になんなよ」
「松田さんは不能だから大丈夫ですよ」
「まじ?」
「お前、なってやろうか」
「冗談ですよ」
そう言って笑うと松田さんは溜息をこぼして帰るぞと言わんばかりに手を引っ張る。私は手を振る萩原さんに頭を下げてそのまま松田さんに引っ張られるように帰ることにした。
「萩原さんはいい人ですね」
「俺は?」
「松田さんもいい人ですよ」
「なら付き合ってくれないのか?」
「点数が低いので駄目です」
舌打ちをする松田さんに私は笑う。
「あわよくばって気持ちが強いですね」
「別にいいだろ」
「その心意気はとてもいいですけどね」
そう言ってどうでもいい話を繰り広げながら借りているアパートに着いた。部屋の前まで着いてきてくれて鍵を開けてそのまま別れようとしたら松田さんに名前を呼ばれて振り向くと松田さんは顔を近づけてきて額に唇を落した。
「じゃあな」
「……セクハラですよ」
「これくらい許せ、じゃあな」
そう言ってそのまま帰っていった松田さんに私は顔の赤さがバレないように扉を閉めて鍵をかけた。
講義が終わったのでぶらりと街を出歩く。一人でぶらりと出歩くのは好きなほうだったりする。しかし一人だからか声もかけられやすい。今日はそのパターンだった。目の前にいる男性二人組に声をかけられて無視をしたのだがしつこい。嫌な気分になってどうするか考えていると視界に見慣れた人を見つけた。その人めがけて走る。
「お待たせ、待った?」
目の前の人、松田さんは私を見て驚いている。口パクで話を合わせてと伝えると松田さんは私の後ろにいた男性二人組と私を見て状況が分かったようだった。
「待ってない、ほら行くぞ」
「はーい」
そう言って手を掴まれた。後ろにいる男性二人組は舌打ちをしてどこかに行ったようで私は松田さんから離れようとするが出来なかった。
「松田さん、もういいです」
「いいだろ、今日食べに行かないか?」
「松田さんのおごりなら」
くだらない会話をしていると目の前に綺麗なお姉さんが私と松田さんを見て驚いていた。いや、なんでだ。もしや仕事中だったのでは。そう思って離れようとすると無理だった。
「松田さん、仕事中だったのでは」
「ナンパされてた女子大学生を助けるのもお巡りさんの仕事だろ?」
「松田くん、知り合い?」
「彼女だよ」
「遠い親戚ですね、嘘つかないでください」
私と松田さんの意見の食い違いに目の前の人は目を丸くして驚いていた。
「えっと、松田くんが勝手に彼女と言ってるだけで本当は遠い親戚なのね」
「そうですね」
あからさまに舌打ちをした松田さんを見て溜息をこぼす。外堀から埋めるのが下手くそだなって思いながら松田さんはいつ手を離すのか待っていた。すると指の太さを確認するかのようにして指を触ってきてなんだと松田さんを見ると松田さんは笑って恋人繋ぎをしてきた。
「松田さん仕事しないんですか」
「今日予定あるか?」
「掃除したいので無理です」
「ご飯食べに行くぞ」
「話聞いてます?」
「そこ、いちゃつかない」
「いちゃついてません」
綺麗なお姉さんは佐藤さんといって松田さんを引っ張るようにして立ち去った。私はお仕事ご苦労様ですと言ってその場を離れた。どこか佐藤さんと松田さんは美男美女でお似合いで少し胸がチクリとした。どうしてそんな気持ちになったのかはわからなかった。お二人が付き合っていたらと考えるとモヤモヤした。どうしてかはわからなかった。自分は鈍感ではないはず、でもこの気持ちの名前はわからなかった。クッションを抱きしめて携帯の画面を見る。あんな素敵な人がそばにいるのにどうして私なんだろうか。それが不思議だった。松田さんから来た連絡を無視してそのまま夕食を作った。それから私は松田さんからの連絡を全て無視した。
「で、あのイケメン親戚とはどうなったの」
「やっぱり気になる?」
大学の食堂で飲み会だと言って合コンに参加させた友達はどうやら私と松田さんの進展が気になるらしく私はため息を溢した。
「連絡来てるけど無視してる」
「なんでよ」
「なんでだろ」
自分でもわかっていない、どうして松田さんを無視しているのだろうか。ほんのチクリと刺さった針はまだ抜けていない。携帯を見ずにただ頼んだオムライスを一口サイズにして口に運ぶ。大学の食堂だから味はそこそこである。美味しいご飯食べたいなぁと思いながら友達を見ると呆れ果てている。
「なんかあったの」
「……松田さんって選り取り見取りなのにどうして私なんだろうって思った」
そう言ってもう一口オムライスを食べる。目の前の友達はキョトンとした顔をして私を見てきていた。
「あんた、その人のことどう思ってるの」
「別に」
「ちゃんと言いなさい」
「イケメンだけど性格は残念」
「それだけ?」
それだけとは一体なんなのか、私にはわからない。わかっていたら困っていないのに。カツンとスプーンの先が陶器の皿にぶつかり音がした。私は何をわかっていないのか、それが全くわからなかった。
その後お互いに取る講義が違うのでバラバラになって一人で受けてそのまま帰る。バイトも入れていないのでそのまままっすぐ借りているアパートに帰ると自分の部屋の前には私が連絡を無視していた松田さんが寄りかかって立っていた。
「よぉ」
今自分がどういう顔をしているのか全くわからない私は松田さんを見ずにどうしようか考えた。今更来た道を戻っても意味はない。だから顔をあげて松田さんを見た。顔から判断出来るのは何一つなくて私はいつものように冗談を言えばいいのに言えなかった。
「なんですか」
「家にあげてくれねぇか」
「掃除してないので無理です」
「前に掃除するって言ってただろ」
「今は、いやです」
そう言うと松田さんはため息を溢した。それに対して私は身体を震わせた。
「なぁ、連絡くらい返せないくらい忙しいのか?」
「そんなこと、ないですけど」
「なら俺のこと嫌いになったのか?」
嫌い、嫌いなはずなんだ。人を顔で判断する人など嫌いだ。だから松田さんのことも嫌い。そのはずだった、なのに。
「嫌い、じゃない」
口から出たのは反対の言葉だった。松田さんは目を丸くして私はぽとりと涙を一粒目から溢れ落とした。涙は止まらなくてぼろぼろと溢れ落ちていく。松田さんはため息を再度溢して私を腕の中にしまいこんだ。
「情緒不安定か」
「うるさい」
「抵抗しないってことは嫌いじゃないんだな、俺のこと」
その言葉に私は松田さんの顔を見上げる。松田さんは私を困ったような顔をして見下ろす。
「なぁ、どうして俺を避けたんだ」
「……わからない」
「そうかよ」
そう言って松田さんは私の顔を自分の胸板に押し付けて私はその優しさに甘えた。
コーヒーチェーン店でブラックコーヒーとシナモンロールが目の前に置かれている。私の目の前にいる萩原さんはにこにこと私を見ている。これはいったいなんなのか、私にはわからなかった。
あのあと松田さんは携帯が鳴って舌打ちをして電話に出て仕事なのか私を部屋の前まで見送って足早く立ち去った。私はそのまま部屋に入って風呂を沸かして入った。松田さんのことは嫌いなはず、だと思っていた。だけど嫌いなら一緒にご飯を食べないはずだし連絡先だって交換しない。そう思ったら私は松田さんのことをどう思ってるのだろうか。顔は好き、性格は嫌い。でも今日は優しかった。好き、なんだろうか。わからなかった。どうしたら、この気持ちに名前をつけられるのか。私にはわからなかった。お風呂に入ってそのまま目をつぶった。
それから大学帰りに萩原さんに見つかってそのままコーヒーチェーン店に連れていかれた。何故にと思いながら萩原さんはこの間の謝罪の意味を込めてと言っていたがなんのだと思いながら手につけずにいると萩原さんは自分のブラックコーヒーを飲んでいた。
「大学楽しい?」
「まぁ」
「というか無理矢理連行する形になってごめんね」
「別に、良いんですけど」
「ほら、奢るから食べて」
そう言われて紙おしぼりを手にとってそれで手を拭いてフォークを手に取る。シナモンロールを初めて食べるのだがこれはどうやって食べるものなのか。それならアップルパイを食べたかった、しかしなかったので無い物ねだりはよくない。そう思っていると萩原さんは笑っていた。
「なんですか」
「いや、食べないの?」
「……恥ずかしながら初めて食べるので」
「えっ、女子大生はシナモンロール好きじゃないの?」
「偏見ですね」
そうバッサリ切ると萩原さんは笑った。私はどこが面白いのかわからなくてただ萩原さんを見る。萩原さんは笑ったあとフォークを私から取ってシナモンロールを一口大に切り取って私にフォークを渡した。
「ありがとう、ございます」
「素直だねぇ」
「まぁ、一応」
「陣平ちゃんにも素直になればいいのに」
その言葉に私は萩原さんを見る。萩原さんは笑って私を見ていた。
「好きなんでしょ、松田のこと」
そう言って萩原さんは笑っていた。
「私は、松田さんのこと好きかどうか、わからなくて」
「そう?」
まるで私が自分の気持ちをわかっているかのような言葉でその言葉にひっかかった。私はわかっていないのに、この気持ちの名前を私は知らない。
「案外すぐにわかるかもね」
そう言う萩原さんに私は黙ったままブラックコーヒーを一口飲んだ。味は変わらなかった。
その後萩原さんが話し続けているのを聞いていると萩原さんの携帯に通知が入った。どうやら電話のようで萩原さんは電話に出て私を見て笑った。
「松田ちゃんなら俺と一緒にいるよ」
その言葉に首を傾げていると携帯越しからものすごく低い松田さんの声が聞こえた。そして萩原さんはこの場所を伝えて電話を切った。嫌な予感がする、多分とても嫌な予感。萩原さんはそのままいるように私に伝えたけれども荷物を持たれているので逃げ出すことが出来ずに松田さんが来るまでその場にいさせられた。松田さんはどうしてか不機嫌で私を見て手を掴んだ。
「帰るぞ」
「はっ、えっあっちょっと待って!」
松田さんは萩原さんから私の鞄を奪って私の手を引いてそのまま店から出る。不機嫌な理由が分からなくて私はただ引っ張られるだけになった。どうして、松田さんは不機嫌なのか。
「ま、まつださん?」
「なぁ」
松田さんの声には怒りが含まれていて私はどうして怒っているのか分からなくてただ松田さんを困惑の目で見ていた。松田さんは何か話そうとして口を動かそうとしたがすぐにやめた。私はただ松田さんを見ていると松田さんはため息をこぼした。
「知らない人にホイホイついていくな」
「萩原さんは松田さん経由で知り合った人なんですが」
「あー、そうだな」
そう言って松田さんは再度ため息をこぼした。借りたアパートに来て私の部屋の前で松田さんは立ち止まった。
「なぁ」
「なんですか」
「好きだ」
その言葉に私は目を見開いた。なんと返せばいいか分からなくて、でもどうしてか松田さんにそう言われると胸がギュッと締め付けられるように感じた。松田さんの目は真剣でこれは冗談ではないことくらいわかっている。茶化してはいけないこと、それくらいわかる。私は、何と返事をすればいいかわからなくてただ目線を反らそうとした。
「なぁ、返事をくれ」
反らす前にそう言われて私は反らすにも反らせなかった。松田さんの綺麗な青い眼が私を見ている。私は、私は。
「わから、ない」
絞るように出た声は枯れていて、私はこの感情の名前がわからずただ松田さんを見た。松田さんはこの感情の名前を知っているのか。
「何がわからないんだ」
松田さんはそう呟いて私の手を強く握る。その手の力は強くて思わず顔を歪ませてしまった。松田さんはそれを気にせずに私を引っ張った。私はそのまま松田さんの前まで来て松田さんは逃すつもりなどないのか部屋の扉の前にいる私の部屋の扉に手をつく。
「なぁ」
「ま、まつださん」
「教えてくれよ」
そう言って松田さんは顔を近づけてきた。私は手はもう離れているのにどうしてか動かなかった。このままキス、されるのか。好きでもない男と、その言葉にどうしてか心が引っ掛かった。まるでその言葉に嘘があるかのように、嘘、嘘?
「まつださんが、すき」
そう言うと心の何かが納得したかのようにすとんと落ちた。ああ、この感情の名前は好きというのか。すると全て納得がいく。松田さんは動きを止めた。私は松田さんを見る。
「まつだ、さん?」
「……なぁ、俺のこと好きなのか?」
「た、多分」
「多分ってなんだよ」
「私だってさっき気づいたばかり、だから」
そう言うと松田さんはため息を溢して私を見る。
「俺も好きだよ」
そう言って嬉しそうに笑った。私はどうしたらいいかわからずただ松田さんを見る。
「なぁ、掃除したか?」
「しましたけど」
「中入っていいか?」
「えっ、嫌です」
「なんでだよ」
「だって、付き合ってない」
そう言うと松田さんは動きを止めた。いや、間違ったことを私は言っていない。松田さんは何度目かのため息を溢す。
「なぁ、彼氏候補として点数低い俺でもいいのか?」
「悩みますね」
「悩むなよ」
「でも、好きになってしまったからいいです。彼女になってあげます」
そう言って笑うと松田さんは困ったように笑って私を抱きしめた。私は背中に腕を回した。
「で、中に入れてくれるのか?」
「それとこれは別です」
「で、付き合ったの?」
「そうですね」
後日講義帰り、萩原さんにまた連行されて今度は違ったパティスリーに連れて行かれた。ここは行ったことがないパティスリーだったから何が美味しいのかわからなかったためフルーツタルトと紅茶を頼んだ。
「そういえばあの時の謝罪ってなんだったんですか?」
「あれね、松田と松田ちゃんがいい雰囲気になったとき松田の携帯に連絡したの俺なんだよね」
「……はぁ」
「会ったら松田が機嫌悪くしてたから聞いたらそう言われたしとりあえず松田ちゃんに奢ってあげようと思って」
「はぁ」
「というわけです」
「もう一つ頼んでいいですか?」
「いいよ、今回はお祝い」
「さすが社会人ですね」
「公務員ですから」
そう言って胸を張る萩原さんに私は素知らぬふりをして紅茶を一口飲んだ。美味しいなと思いながらタルトを一口サイズに崩して食べる。美味しいなと思いながら萩原さんは私を見ていた。
「どうかしましたか」
「いや、松田に見られたらやばいなと思って」
「松田さんそろそろこっちに来るそうですよ」
「はっ!?」
「連絡が来てたので返事したら来るって」
「えっ、まじか」
「会計するまで一緒にいてくださいね」
そう言って笑うと萩原さんはうなだれた。すると上から声が聞こえた。
「よう萩原」
「あー来たの?」
「俺の彼女さんから萩原に連行されたって聞いてな」
「うん、聞いた」
「というわけでコーヒー頼むな」
「まじかぁ」
そう言う萩原さんはどこかおかしくて私は笑い続けると横に松田さんが座った。
「美味しいか」
「萩原さんが奢ってくれてるので美味しいです」
「そうか」
そう言う松田さんは私を愛おしそうに見るものだから私もまた笑った。
「いちゃつかないでくださーい」
「萩原さんは彼女いないんですか?」
「残念ながらいません」
「萩原さんって本命の彼女には振り向いてもらえるのに時間かかりそうなタイプですよね」
「なんでわかるのかな」